きりり、と冷えた空気が頬をなでた。それが彼女の手でなくて、よかったと思う。
まるで、世界がうまれかわったみたい。年があけるとはそういうことなのかもしれない。冷える空気のなかを泳いで手をのばす。
冷たい水みたいに腕にからみつく朝の空気の傍で、鏡餅の頭のみかんが落ちた。今日は好きなだけ寝ようって決めて、めざまし時計に退場してもらい、かわりに鏡餅を置いたんだった。
メリー
初夢をふりかえるより先に、彼女の名前がうかび、あふれだした。淡くかすんだ冬の朝ぼらけを吹き飛ばしてしまわないように、ちいさな声でよぶ。まだ夢の国にいる彼女を、おこしてしまいたくはなかった。
かさなった肌が冬の夜にも灼けるほどになるのを、昨晩いや今朝、つい2、3時間前まで感じてた。その肌は、今も私にすこしだけ、ふれている。新年の空気みたいに、つめたくなんてならなくて、よかった。
落としてしまったみかんをよそに、その向こうに垂れたカーテンのはしをめくる。日の出が見えるようなロマンティックな家じゃない。マンションの背丈と背丈ののあいだから、逃げるみたいに光が漏れている。きんいろの、うまれかわった、あたらしい朝日。
うまれたてのきらめきがまた今年もあふれ出しているのが、なんだかうれしくて、おなじくらいにさみしかった。
ふたりでバイトしてお金をためて、何をするでもないのに大学を一年休学して、ふたりいっしょに一年間ただれた生活を送った。私のばかみたいな提案に、メリーは笑いながら同意してくれたから。
ふとんは敷きっぱなし。ごはんを食べるか、くちびるを食べるか。寝て、おきて、すぐとなりにある肌を抱いて。季節ごと、だんだんに枯れていく太陽を、変わらない彼女の背中越しに感じていた。
飽きもせずに、またすぐとなりにある肌を抱く。
おきた?おこしたのは私だけど。おきたあとも、私たちは絡みついてひとつなのか、ふたつなのかも分からない具合で、閉じた部屋のなかの時間をすごす。ゆっくりとした時間はそとの世界から切り離されていて、さなぎの中でとけながら次の姿を待つみたい。
お正月にかぎらないけれど、こんなふたりをごまかせる、罪悪感の少ない時間がとても好きだった。おそうじなんかぜんぜんしないけど、いっしょにくっついて寝るから、おふろだけはちゃんと入る。料理なんかしないで、まとめ買いした箱みかんばっかり食べている。いや、それは私だけか。
みかん、何個目?
わかんない
お供えものばっかりたべないで、箱からたべなよ
だってはえてくるから
私がおいてるの
しってるよ
ふっくらとふくらみ、みずみずしくはりつめたメリーのくちびるにかぶりつく。とびきり新鮮なみかんのふさみたい。すこし、つめたい。
もう
にへら、とくずれるように笑う。メリーも。
一年間ありがと
なあに、急に。おわかれみたい
おわかれ、かもね
今年はもう、去年のふたりではいられないだろう。それをおたがいに、言外にわかっていた。だから、昨日あんなに燃えあがったんだ。
そうならないために、がんばってるんじゃない
うん
そんな一年。
鏡餅は乾燥して背が割れはじめている。
こ は!私、ku ろ ね
には Kiku よろ !
ん !kiri く
こ 私 riよ し !
玄関先がなんだか騒がしい。何人かの女性が騒いでいるみたいだった。メリーも蓮子も、お互いの怪訝な顔で見合う。部屋の外の廊下を少し行けば、マンション共有空間のフロアロビーだ。騒がしい声はしかし、ロビーからでもなく扉の目の前から聞こえているように感じられる。人間の言葉……ではあるのだけれどどこか無機質で、録音された音声を繰り返しているようにも聞こえる。
騒がしいわね、なにかしら
開けないほうがいいんじゃ
メリーは蓮子を制止したが、遅かった。
戸当たりとの間に僅かな隙間が開いたところで、外の様子を窺おうとしていた蓮子の腕が、ぐん、と外に引っ張られる。蓮子は咄嗟に強く扉を引き直したが、玄関ドアは何かに引っかかるように最後まで閉じることなく隙間を残した。ドアと戸当たりの間の隙間、地面近くに何かが挟まっている―靴だ。安全靴の類らしい、差し込んだつま先で確保された隙間は妙に固く少しも狭まらない。それどころかその隙間から今度は手が入り込んで縁を掴んだ。扉を閉じようとする蓮子が改めて引き倒されそうになるほどの強い力で、一気にドアが開かれる。
開いた扉の向こうから何か制服じみた衣装の女が現れ、押し入るように内側へ入ってきた。女は玄関先に入るなり、蓮子の腕を捻り地面に組み伏せる。
きゃ……!
あけましておめでとう逮捕します。
女の衣服には、複雑に絡んだ線で幾何学じみた模様を描き出した紅白の章が縫い付けられている。無造作な赤毛はあの女に似ていた。そして女の背後にずらりと並ぶ警邏機械。
こんにちは!私、Kikuri。よろしくね!
一目見れば髪の長い女をモチーフにしたブローチのよう、ただその大きさは現実の人のほうがブローチの中に入り込むほどだ。現に、円形に立ち上がった鏡のようなオブジェクトの内側には髪の長い女の上半身が嵌め込められ、事実〝きくり〟と名乗った声の主はこの胸像ポートレイトだった。その胸像がちょうど人間の上半身の高さと同じになり視線が合うかそれよりもう少しだけ上から人間を見下ろす高さに浮いている。どういった原理なのかはわからないが、それは
こんにちは!私、Kikuri。よろしくね!
こんにちは!私、Kikuri。よろしくね!
こんにちは!私、Kikuri。よろしくね!
こんにちは!私、Kikuri。よろしくね!
この周辺で高濃度の伊弉諾物質が確認されました。結界彼我均衡保護法に基き、この空間を調査します。なおこの調査を拒否した場合、自然権・拡張自然権は保証されません。ご注意ください。
月の……仿製鏡……?
さすがに関係者は詳しいですね?私、フリーのデバッガをしています小兎、と申します。今日は結界省の走狗として参りました。どういう状況か、ご理解いただけますね?
自分を走狗と卑下する女はしかし言葉に見合わない慇懃な態度を顕にしたまま名乗った。縫い付けられた複雑幾何形を示す紋章は、結界省のエンブレムだ。
伊弉諾物質放射体を発見。呪物と認定します。
証拠品として回収なさい。
女がそう指示するのは、部屋にあった鏡餅だった。鏡餅からはみかんは転げ落ち、串柿はない。餅の背は割れかけていた。もうわずかで完全に割れるところだろう。「タイムアップギリギリってところですね。面白いものを蒐集できた」女は呟く。
ただの餅、されど鏡。鏡餅は三種の神器を象徴する呪物、しかも今や大量生産されて、どのバックドアを使ったか絞り込みできない。はあ骨が折れた……だからって妹紅にばかりいい顔をさせるのも癪だし
イワレヒコの系譜……まだ続いているなんて。こんなにも時間が経ったっていうのに
ご愁傷さま、ほとぼりはまだ冷めていないわ。さ、こっちは仕事なんでテキパキやらせてもらいますね
部屋で発見された伊弉諾物質放射体を、Kikuriは文字通りテキパキと、まるで腹に収めるみたいに回収していく。その気配を部屋の奥に確認しながら小兎は、懐から取り出したホログラム投影器を開いた。
太陽神伊太祁曽を奉じる民の流れ、その巫女にしてこの地の実質的な女王だった名草戸畔は、神武天皇の東征によって固有の土地と太陽の神威を剥奪され、月や山や木の曖昧な〝格〟へ貶められた。
空中にホログラム投影されるのは逮捕状のようなものだろう。だらだらと長い光文書をスクロールさせながら、小兎はそれを読み上げ続けた。
岩戸に押し込められたのは旧き太陽とその巫女のふたり。出てきたのは新しき人造太陽が、ひとり。岩戸の中に閉じ込められた二枚の鏡はその奥で復活を夢見ながら長い時間を過ごして計画を練った。そしてここに、不正な復活を試み、〝鏡開き〟により越境行為を行うに及んだ。
ぱたん、ホログラム投影器を閉じると同時に、結界の回収と凍結処理を終えた四枚の仿製鏡が、二人をぐるりと包囲した。小兎は、逮捕口上を締め括らんとひとつ息を吐き、溜めて、最後の一文を告げる。
マエリベリー・ハーン、宇佐見蓮子の二人に向けて呼ばれた名前はマエリベリー・ハーン、宇佐見蓮子ではなかった。
結界彼我均衡保護法に基づき、伊太祁曽、名草戸畔の両名を呪物〝鏡餅〟をバックドアとした〝鏡開き〟越鏡侵入容疑並びに、現世主格の霊的存在根に対する不正鏡製写像容疑で、逮捕します。
逮捕、と言葉を向けられた二人は、苦々しい表情を浮かべて小兎に慈悲を求める。その様子から見るに、小兎の口から出た容疑は認めたということだろう。蓮子とメリーの姿をそっくりそのままにして生活していたのだ。それは、1年間で終りを迎えた。写像元主格の告発によってか、あるいは、予定された終であったのか。
違反は重々承知しています。でもどうか、私達のことはそっとしておいて下さい。あなたたちの生活は邪魔しません。
わかっています。あなた方は、ただここでの暮らしを守ろうとしただけ。神武天皇は突然やってきて、殺戮した。あなた達は抵抗し
抵抗なんて、言えるようなものではなかった。
蓮子が割り込んだ。メリーの方も、小兎の「抵抗」の言い分には反論があるようだ。
ナガスネヒコならともかく、我々にはそんな力はなかった。やっとこっちに戻れて、歴史を振り返ってみれば、我々へのジェノサイドはただの数行に小さく書かれているだけ。殺戮者は王となり、今でもその系譜が続いている。曰く、平和な国譲りばかりだったと。ふざけている。彼女は……死体を三つにバラされた。残った私も心身を引き裂かれて
でも、私達にはもうイワレヒコと争うつもりはないんです。いや、最初からなかった。今更、名誉の回復も望んでいません。ただ、静かに暮らしたい
この国の建国神話が、明るく平和な童話などではなく、大概ロクでもない暴力譚であることは、結界省内部も認めています。
でしたら
それでも、今の歴史は改竄を許さない。それが結界省の回答です。
小兎が小さく左手を上げそう告げると、整然と並ぶ月像仿製鏡の光背部分に鈍い光が生じ始める。逮捕という言葉がどういう手続になるのかはわからないが、何らか不自由を強いられここで計画が終わってしまうのは明らかだ。蓮子は、すかさず行動に移す。
やっと自由になったっていうのに、後少しだって言うのに、こんなところで……!
やるの?
それしか……ないだろう。我々には帰るクニもタミも、カガミだって、もうない!
蓮子が小兎の拘束を力づくで振り払った返りざまに大きく目を見開くと、虹彩が蛇の目に光るヴェシカパイシスへ変形した。開け放たれた玄関の外から入り込む光、いやそれら以外の周囲すべての〝明るさ〟すべてがの瞳に吸い込まれるように歪み、集まり、束ねられて重なる。それはまるで膨れ切った風船のように張り詰め、もう僅かな刺激で臨界を迎えんとする光球を結んだ。小兎は危機感に目を細める。
一方で、メリーは〝明るさ〟の刳り貫かれ虚暗となった空間へ両手を伸ばす。無明に遮られるように腕が姿を消して、その先だけが月像仿製鏡の背後に現れた。両手には三日月型に湾曲したエネルギーフィールドが伸びている。
仿製鏡ごときいくら並べたところで
初手で二枚が、割れて沈む。ナクサの蝕手が月像仿製鏡の珠を握り潰した。月像仿製鏡は結界啓蒙キャンペーン用の笑顔スキンを顔面に貼り付けたまま戦闘モードに移行し、腕のようなマニピュレータから拡散弾を放つ。この距離では回避行動を強制される上に回避も反撃も難しい閉所。
だが月像仿製鏡が放ったエネルギー散弾は目標に当たることなく通り過ぎるように、部屋の壁を蜂の巣に作り変えた。ナクサは黒い霧に体を溶かし透けてそれを無効化していた。同時に、回避行動の先に先読みで現れていた蝕手が、距離を無視してあっさりと珠を砕いてしまう。残りの二枚も砕けて落ちた。
ひゅう〜。偽物と言ってもそれ、高いんですよ?
本物のキクリには遠く及ばない。彼女をどうした
安心して下さい、Kikuriのオリジナルはちゃぁんと結界省が管理しています。霊障が強すぎて二度とアーカイブから出せないでしょうけどね。
痴れ言を……消えろ!
蓮子の蛇やく目が光の玉を炸裂させた。本来細いほど面積あたりのエネルギーが大きくなる指向収束光だが、玄関の向こう側に立つ団地ビルどてっぱらにでかでかと照射してなお、建造物に熱死の穴を刳った。当然退避を準備していた小兎だが、こうなっては逃げ場はない。小兎の上半身は光の中に蒸発してしまった。上半身を失った下半身だけがただの屍肉として崩れ落ちる。人肉の焼ける嫌な匂いが立ち込めていた。
逃げよう。奴らの神話に見つからない、どこかに。かつてこの土地にやってきたように。
ええ……。っ!?
メリーの手を引いて、出入り口が数倍のサイズになってしまった玄関を出ようとする蓮子。だが、手を引かれたメリーが、驚愕の表情を浮かべていた。彼女を振り返った蓮子の背後に、まるで刳り食われた視肉が枝分かれして粘る菌糸の森を高速で伸ばしそれらが絡まり合うときのように、小兎の上半身が再生され、再び立ち上がっている。至るところに錯綜する血管を思わせる網状の筋が浮き上がり脈打っていて、それは再生を続けているようだった。衣服までが、まるで肉のように再形成されていく。
ああ、後片た付け、大変なんなんでよ。人のい家をあんんんんなにしてしまっって。……それが日矛と日像の、輝ミですか。
な……っ、お前、人間ではないのか
に人間ですよ、ただだ生きることしか出来ないくらい純粋な、人間。死は私を穢さない。あなた達の価値観で言えば、この通り蛇のごとく、復活する。それでも神でも悪魔でもない。神だって、死ぬわよね?
出鱈目だ、こんな人間が、いるか……!
古代の最先端など、現代では児戯。時の流れに取り残された神は、概念として死ぬ以外に生き残る道はないの……ちぐはぐね?
現代では児戯、勿論そんなはずはない。現代でもビルに大穴を貫く光線はまともなイベントではないし、人は死ねば死ぬ。だが女は「妹紅よりは、熱いわね」と涼しそうに言うばかり、この小兎という女にとっては特別ではないようだった。体の再生が終わり切らない小兎の、まるで肉の蔦に宿られているような形で脈打ち続ける心臓が、突然光沢を帯びて透明に澄み、酸素の豊富な血液そのままの赤石と化す。そしてそれが内部に発光を始めた。ルビーのような呪石の内側に、脈打つ光が暴れ始めている。
それでもなお徹底的に死にたいというのなら、消してしまっても構ないわよね。現代の光線兵器がどんなものか、過去の遺物に見せつけてあげ―
待て待て待て
突然声がして、小兎を後ろから押しのけるように現れたのは、蓮子とすっかり同じ姿をした蓮子。そしてメリーとすっかり同じ姿のメリーだった。
重症を負った被害者はおとなしく重傷者をしていて下さい。起き上がってこないで
勝手に遠隔で写像されただけなのに寝てるもなにもないわ。ぴんぴんですよ、勝手に重傷者にしないで。
おまわりさん。虚像を正立させる程の輝みには、同時に生得的に強力な類感呪術が備わっている、って言ってましたよね
ええ。言いました。だからこれから重傷者になるんですよ。
彼等が破砕されたらこっちの身も危ないんですよ。わかっててやってます?
ええ、ですから、わかってやっています。ガキのひとりやふたり、仕事だからしょうがありません。
あっけらかんと言い放つ小兎。あまりにもあけすけに「これからお前たちには犠牲になってもらう」を突きつけられて、目が点になる蓮子。
こっちは興味あるのよ!勝手にコピーされて勝手にコピー先もろとも消されたんじゃ成仏できないわ。
私キリスト教なんだけど
メリーはたった今を以て新興宗教私教に改修!
ごむたいなー
脱出と逃亡の機会を窺い、少しずつ外に向けて移動している蓮子とメリー。その退路を遮断するように動き続けているのは元より小兎だった。そのバトンが、今度は蓮子に手渡された今は小兎による脱出経路封鎖は完全であり、彼等が逃げるにはいよいよ交渉か強行突破しか無い様に見えた。
そして、宗派変えを強いられたメリーはともかく蓮子は、目の前にいる自分たちと全く同じ姿をした何者かに対して、小兎よりは幾分か寛容なようだった。
彼等の身柄はまず私達が預かります
あ〜?
蓮子を睨みつける小兎。面子を潰された形になるのだから性格云々を差し置いても無理からぬ事だ。だが蓮子は小兎に対して物怖じせずに要求する。被害者。その通りだ、メリーと蓮子はこの場では主格を侵犯された被害者であり、格別の事由がない限り発言は十分に聞き遂げられるべき立場にあった。小兎は小さく溜息を吐いて「要求の根拠は?」と発言を促す。
言葉を続けたのは蓮子ではなくメリーの方だった。
彼等は写像対象に私達を選び、一方、私達にはまだ意思を表出するに十分な意識レベルがある。彼等の処遇について、まず私達に裁量を与えるのが道理ってものですよね?
裁量?何をしようっていうんです?大人しくしてるけどこいつら、独力で、鏡餅なんてうっすい呪物から〝越鏡〟できる特級神格ですよ。オカルト趣味のガキにどうこうできる相手じゃありません
まあそれは、やってみなきゃ、わからないわよね。ねえ蓮子
は?私?
かみさまー
……まあ、そういうわけなので、まず我々に、対応させて下さい。
もしこの女が本当に誠実な公権力の走狗であれば、民間人のこんな申し出に応じるはずがない。民間人二人の犠牲で結界彼我均衡が保たれるなら、間違いなく民間人を殺す方を選ぶだろう。それが結界省だ。だがどうも不誠実な方の走狗だったらしい。それに加えて女には、自分一人の手で目の前の〝特級神格〟をどうにでも出来るという自信があるらしいことも、二人にとっては幸運だった。女は下らない茶番劇に付き合わされているという態度を一切隠す様子もなく、言う。
ではどうぞご随意に。私の仕事はそいつらをとっ捕まえるか消すことで、ガキの保護じゃありません。勝手にやって勝手に死ぬなら、勝手にどうぞ
どぉうもぉ
売り言葉に買い言葉、ではないが、メリーに突然厄介事バトンを渡されたはずの蓮子は、いかにも好戦的な表情で女に応えた。しかし、当事者たる伊太祁曽と名草戸畔はそれに不機嫌を示す。
勝手に話を進めないでもらえるか。
私達も必死なんです。見逃してくれるなら、これ以上のことはしません。
無理な相談ね。あなた方が逃げ遂せたら、今度は私達が結界省に監視される番だわ。そんなのまっぴら
蓮子が交渉の余地がないことを告げると、蓮子が同じ姿でその喧嘩の買い取りを宣言した。その間も、じり、じり、と二人は移動し続けており、小兎が封鎖をやめればすぐにでも逃げ出しそうな動きで、既にマンションのフロアロビーへ到達していた。だがここは5階、エレベータを暢気に待つわけにもいかず、非常階段は迎撃しながら逃げるにはリスキー過ぎる。蓮子とメリーはやむなく開けたロビーに留まり小兎、蓮子、メリーと対峙していた。
そこの女がジョーカーで、一回殺した程度では死なないとわかった。現状はその程度のものだ。いつまで消えずに死に続けられるか、試してもいいんだ。ガキはすっこんでいろ
古き神。私とメリーを鏡像に選んでくれたことを、光栄に思うわ。でも依代御供として代わりに天岩戸に閉じ込められるのも、結界省のブラックリストに掲載されるのも御免なの。おとなしく帰ってちょうだい。
帰る?帰るって、どこにだ?あの岩戸か?だとしたら断る。あんな暗い場所は、耐えられない!
おねがい見逃して。あなた達の目には触れないようにどこか遠い場所で別の名前をかたって暮らすから
無理だ名草。こいつらは我々を殺すつもりで来ているんだ。だがあのときのようにやられはしない。そうだろう?
伊太祁曽の言葉で、名草戸畔の表情が変わる。思い出しているのだ、磐余彦も殺しに来たそして、交渉の余地もなく、慈悲もなかったことを。
……そう、ね
名草戸畔は、虚暗を掘り自身の体を存在の蝕に埋める。伊太祁曽は蛇の眼に明るさの吸引と封入を始めていた。明らかに小兎を意識して動いているが、それでも僅かな瞬間で蓮子もメリーも攻撃照準に入れられるように、ロビーの外周を油断なく移動していた。
伊太祁曽は先の光線兵器、名草戸畔は蝕手と虚暗沈潜をいつでも実行できるように構えている。戦闘態勢だ。だが対する蓮子にはその態勢が感じられない。
残念だけど、私にはバトルを楽しむ能力はないの。奥の手しか持ってないから、最初から奥の手を使わせてもらうわ
そう言って、蓮子は両手を奇妙な指に組み、曲げ、左右に広げて非対称にポーズを取る。これは、戦士の戦闘態勢ではない、魔道士のそれだ。目を閉じてまるで無防備な姿勢で立ち口を開くと、口腔から漏れ出てきたのは音ではなく、意味を直接操作する時空バイナリ列。人間には言葉として解釈はできず、声として入力されず、音として認識もできず、現時点では到底意味などなさない、そしてだが、もたらされる変化は強制だった。
詠唱、一段目。
空間を一切無視して突然に天上が開けて、星空が現れる。星々が不規則な間隔で明滅し、それは一見してランダムなのに、意識の奥底に遠大なサイクルの僅かな線分を書き付ける、気味の悪いリズムの合唱を練り上げていた。それらの内、喧しく訴えてくる幾つかの星を結んで描き出される巨大な光の魔法円は、宇宙的な最大公約数の速さでゆっくりと回転する魔法円の魔術回路が星々の配列との間に論理積・真を導くポイントで結合し、そこに人間の神話にない未知の星座を作り上げ、描き出していた。その形を見た小兎、そして伊太祁曽と名草戸畔もまるで、途轍もなく悍ましい、この世のものと信じ難い呪わしい存在の姿を見出してしまったように、表情を引き攣らせて歪ませる。我を忘れて叫び走り出し、あるいは正体を失って悲鳴を上げながら恐怖に喪神してもやむを得ない悪性の星空を見上げて、しかしその場にいる誰もが不幸にも強靭な精神力を持ち合わせてしまっていた。
これっ、て……始原魔法!?
おまえ、それは、それはなんだ!カガセヲの系譜も残存しているというのか
多分それじゃないですけど、似たようなものかも知れませんね
蓮子に危険を感じた伊太祁曽は、すぐさま彼女に向けて光輝の帯を投射しようとする。十分にチャージできていなかったが、それでも人一人の半身を消し炭にする程度の太さを持っている。忌まわしい星界獣を召喚しようと動きを止めている蓮子は、それを回避できようはずもない。だが。
メリー、お願い!
はぁい、旦那サマー
実際に光球が爆ぜて力線が投射される直前に、蓮子はメリーの名を叫んだ。メリーは気の抜けた声で返事をしながら蓮子の、正確にはその一歩手前の空間に向けるように、指を鳴らす。何が起こったようにも見えないが、それは伊太祁曽の蛇眼レーザーが蓮子を焼こうとしたときに明らかになった。直進するはずの光線攻撃が、ある地点から幾筋かに裂け、軌道を逸して後方へ流れていく。まるで蓮子の周囲にドームがあるかのように、その偏向する光の筋は球形をなぞり流れ、その不可視のトーチカを浮き上がらせる。分裂して後方へ流れた光線がメリーの背後の壁を焼き貫いた。
レーザーが蓮子を焼くことはなく、彼女の意味詠唱は継続される。
詠唱、二段目。
ちっ……!
伊太祁曽に指示されるまでもなく、名草戸畔の蝕手はメリーに襲い掛かっていた。飛び退き逃げても手だけが追いかける。エネルギーの歪曲刀に裂かれても当然いけないが、こうしてメリーが回避行動を取り続ける限りメリーは蓮子を守る不通結界を展開できない。光線への防御が解ける。
今度こそ、焼けろ
蓮子、ごめんっ!
始原魔法の危険さえ退けられればいい、伊太祁曽の輝光線は攻撃範囲が狭くなることを承知の上で、即応性を重視したショートチャージから即座に放たれる。メリーの不通結界は、間に合いそうにない。それを察した蓮子は叫ぶ。
小兎姫!
はあ大口叩いておいてヘルプ出すってどういう了見です!?人を駒みたいに……あーもう、さっさとして!始原魔法が起動失敗なんかしたら、どうなるかわからないじゃないですか!!
小兎を呼ぶ蓮子は詠唱を続ける、彼女が防御に加わることは、蓮子にとって織り込み済みだった。小兎が毒吐いた通りの理由だ。詠唱が中断され具象化された星界獣がアンコントローラブルに陥ることがあれば、被害は計り知れない。
小兎はとても人のそれとは思えない速度でメリーと蝕手の間に割り込む。いつ抜いたのか、どこに持っていたのかもわからない日本刀のような長物で一閃、牽制は効果をなし蝕手が一瞬追跡をやめる。その隙を突いてメリーは蓮子の前方へ不通結界を展開、伊太祁曽の光線は蓮子を逸れて壁材を焼き切り、あるいははるか遠くの空へ抜けて雲を薙ぎ消した。
詠唱、三段目。
それまで三段分詠唱されてきたバイナリコードが、一気にエンコードされて意味へと構築される。依然として声でも音でも言語でもないのだが、エンコードを経た今、それは言語という記号で包装されていない真に低レベルの意味として直接表現され、鼓膜を震わせることなくウェルニッケ野だけを刺激する。
―刮目せよ。宇と宙を蝕み犯す者。此宙に流るは、非時に非ず;現、此宇なり。 ―刮目せよ。今此処に天・地・間を充溢せしは、其の慾宇に非ず;現、此宇なり。 ―我、今この時に星に依りて、宇と宙を蝕み犯す者を問い糾す;汝、何時ぞや?この意味を理解する必要があったのは、その場にいる神や人間ではなかった。だが、それが誰なのか、誰も知らない。はっきりとしているのは、訪れた変化だけである。
描き出され具象化した悍ましい星界獣はいよいよ現れた。しかし獣が直接なにかするわけではない、その獣の力が、星の光の力の柱となって天から地上へ降り注ぐのだ。まるで雨いや槍のように無数に、地上に対して垂直に、そして何より伊太祁曽と名草戸畔のいる空間だけをその他の空間から切り取り隔絶する柵を突き立てるように、幕状に面を成して降り注ぐ。
なん、だ、これは!
外に出ないと……!
危険を察して縮地する二柱の旧神だったが、移動したはずの時間が不正に中抜されて空間が固定化されている。結果、彼等はこの光柵から逃れることが出来なかった。これは照射予告だ。星光の槍雨で隔絶された空間には、もう僅かな時間の後に、その空間を塗りつぶす強大な力が注ぎ込まれるのだ。
区切る柵を破って逃げようとした名草戸畔は、面を形成し隔離するように濃密に降り立つ光の帯に、蝕手で触れる。刹那、その手は何か強い力で弾き飛ばされた。それを見た伊太祁曽は光の柱面に体当りするが、同じ様に弾き飛ばされてしまう。質量を持つ光、それは伊太祁曽の領域だ。光線を撃ち込んだが、星光の雨柵とは全く干渉せず向こう側へ届いてしまった。
馬鹿な……これでは、もう
カガセヲが、イワレヒコと結ぶなんて
そして、隔絶された空間を徐々に埋め潰していくように、周囲から内側に向けて光の杭が突き刺さり、内側の空間は狭まっていく。内側の空間が一定程度に狭窄したことで、始原魔法は予備段階を完了した。実効果実装が展開されるのを待つだけになる。それを阻止する力は、その内側に囚われてしまった者達には、ないらしかった。この魔法が最終的にどのような効果をもたらすものなのか蓮子とメリー以外には計り知れないが、もう、逃げられないだろうことだけはその場にいる誰の目にも明らかだった。
これから殺戮の火光が降り注ぐだろうことは、容易に想像できる。完全に密閉されたこの空間に、例えば伊太祁曽の輝みをここに満たすのであれば、二人に逃げ場も助かる可能性も、ない。
星々の光雨からの脱出を諦めて、抵抗や破壊エネルギーの展開も放棄していた。彼等はただその場に立ち尽くしている。旧くとも特級神格、この魔法が手に負えるものではないと察したのだ。自分達の能力故に、ありありと終わりを想像できてしまったのだろう。
名草
伊太祁曽
ふたりはそれ以上言葉を必要とは、しなかった。その猶予もなかったろう。目配せだけでお互いを理解しあい、せめて最期の時を一緒にと、手を伸ばして指を重ねて握り合う。
安心して。磐余彦みたいに殺すわけじゃないから。正しくあるべきあなた達の時間に戻すだけ。あなた達の不正な時間に紐付いたまま歪み続けている空間も、元の座標に転移するはず。
星光の雨のなか体を寄せ合って、二人の世界にはもう、蓮子もメリーも小兎もいない。蓮子の言葉も、まるで届いてないようだった。ゆっくりと遺言のように唇を重ねる伊太祁曽と名草戸畔。
次は、別の可能性を踏んでね。さよなら、神様。
直視できないほど眩い星の光が、天上に展開する魔法円から怒涛を打って降り注いだ。それは機械的で無機質で、驚くほどに静かで派手さもない、一瞬であっという間のことであった。遠目には、巨大な閃光が瞬いた、雷か何かにしか見えないだろう。だがあの光の壁の内側には、高速処理される時空アクセスプロセスが横溢していた。時問時答とはそういう魔法だ。その時空プロセス光に晒され浸り溺れて沈んだ伊太祁曽と名草戸畔は外宇宙の記録に最後に残された過去の時空へロールバックされ姿を消した。時間に紐づく空間情報も上書きされ、その空間には何もいなくなる。
蓮子は、彼等を殺さずに元の因果火口へ強制転送することで、鏡製写像のライフタイムを打ち切って自分達を解放すると同時に、結界省の監査対象からも外れようとしたのだ。
光が薄れた後には、まるで火の粉が辺りに舞い散るみたいに、光の粒が名残惜しそうに降り落ちてくる。ちり、と魔法によって励起されたマナと常在マナが摩擦する音も聞こえた。やがてそれも消えていき、すっかりと元のその場所へ姿を戻す。
新春の冷たい空気が流れ込んできた。
大空魔術は、ここに、成った。
おつかれさま
やり遂げ気を抜いた途端にへたり込む蓮子、メリーは蓮子のすぐ側に腰を下ろして彼女の肩を抱くように寄り添う。蓮子の自慢のサラサラ黒髪は、その一瞬ですっかり白髪に変化していた。髪の毛だけではない、まつげも眉毛も、体毛はすべて脱色されて霜を降ろしたようになっている。虹彩さえ真っ赤で、肌も青ざめている。どうしてそうなるのかはわからないが、魔法の行使が原因であることは疑いなかった。疲れたような溜息を吐き、小兎の方を見る蓮子。
永夜返しとか横槍入れられなくて助かったわ
何のことでしょう?
しらを切る小兎。もう、ただの人物でないということはわかっていた。
あなたが、始原魔法とはね。旧神が選んだ依代だけあるってことね
うちの嫁はもっとヤバいのよ。今度披露するって
しないわよ
メリーは柔らかく笑いながら、蓮子の肩を抱く。
小兎は二人の姿を見、言葉とは逆に怪訝そうな目をする。結界省は重要な国の機関だが、その内実がさっぱりわからないことで不穏な噂が耐えない。メリーも蓮子も、こんな形で結界省のお世話になるとは、つゆも思っていなかったのに。自分達へのリスクを回避するためだったとは言え、こんなふうに異変に介入してしまい、加えて結界省の雇われデバッガに疑わしい目を向けられては敵わない。
私達の体が依代なのですか?結界省の見解では、バックドアは鏡餅じゃなかったんですか?
それはこれから調べてみないとわかりません。鏡餅だったのか、あなた方二人の体だったのか。結果が知りたいですか?後日報告書を送りましょうか?
あんまり知りたくはないので結構です
もし自分たちの体だなんて結果が出てしまった上それを自分達自身が了解しているとなれば。面倒事を想像してしまい逃げ出したくなった蓮子は、適当に話題を切り替えるべく言葉を繋げられるポイントを無理に探し出して、矢継ぎ早に会話を進める。
月読に関する伝承が少ないのは、その正体が、太陽神の地位を明け渡した彼等旧き神だからかも知れないわね。神武東征の被害者、都合が悪い。こないだの十殿様とおんなじね
しーっ、ばか
メリーに足を踏みつけられるが、遅い。〝十殿〟の言葉を聞き逃さなかった小兎は、突然蓮子の前に現れ胸ぐらを掴み上げて問い糾す。
今〝十殿〟って言いました?あなた達まさかあの事件にまで関わってるんじゃないでしょうね?
な、なんのことでひょぉ
始原魔法の行使もとい、行使者の存在そのものが、越鏡者並の拘束対象だっていうのに十殿……
さ、さっきのはただのオカルトですぅ〜!
そんなわけないでしょ。特級神格を強制送還するなんて、子供のやる碟仙とはまるで違うわ
さっきガキなんかどうでもいいって言ってたじゃないですかぁ
まさか始原魔法使うなんて、思ってなかったのよ!始原魔法よ、始原魔法!魔術じゃなくて、魔法!この魔法使い!!
死なない人間に魔法使いって言われてもなあ
何にかぶつぶつと文句をたれて不満そうな様子だったが、壊れた月像仿製鏡の残骸から鏡餅を見つけ、それを手に取り見直してホクホクと表情を改める小兎。鏡餅をおもむろに懐にしまいながら、気を取り直したように二人に向き合う。
まあ、これで良しとしましょう。私の仕事はもう済んだし、呪物も回収出来た。ガキ云々は給料に含まれてません。こっちに越境してこない限りは、ね
結局として小兎は、満足そうに引き揚げていった。
残されたのは大破したアパートの一室と、そこから見える団地の大損害。十殿様のとき同様に騒がしいニュースになるのだろう。
あー、私達も帰ろうか
あの団地とか……結構死んだんだろうな
私達のせいじゃないし、私達の仕事じゃないし
大昔に神様を見殺しにした人もこういう気分だったのかな
しらないわよ、そんなこと。蓮子だって、たったさっきやったでしょ
私は殺してない!……よ
そうね
またしばらくニュースを耳に入れる旅に肩身の狭い思いで学生生活を送るのだろうか、ふたりとも絵に描いたように同時に気を重くし、表情を沈めて見せた。
今回はいつもに増して殊更に成果のない秘封倶楽部フィールドワークでした……
乙……
明日からまた、大学だ。
結局死傷者はいなかったらしい。どういう因果が操作されたのかはわからないけれど、結界省のやることがまともじゃないことは、ふたりともよく理解していた。それはともかくとして、日常生活中で後ろめたい気持ちを持たなくても済むことは、当事者たるふたりにとっては救いであった。
DotflixでAr○hainを見ながらみかんを頬張っている蓮子。この家の鏡餅は台所に一つだけあった、今食べているみかんはその上に乗っかっていたものだ。
お供えものばっかりたべないで、箱からたべなよ
だってはえてくるから
私がおいてるの
しってるよ
その鏡餅は三段重ね。二枚の鏡を一枚にしたエピソードとは少し違う、小さな別の世界があった。ここには、伊太祁曽や名草戸畔だけでなく、ヘスティアが混じっている。串柿の示す草薙剣と須佐之男にも、今はアーレスが重なっていた。三段重ねの鏡餅は家と竈を守る神を祀る。彼女がそこに混じるなら、岩戸の中も家になり、家が大きくなれば人も増えるだろう。寂しくなければいいな、とふたりは願った。
小兎姫はああ言ってたけどさあ。今の彼等は言うほど不幸ではないかも知れないよね。伊太祁曽は、神としての輝みを岩戸の中に残し、体は月山へ逃れた。結果、鏡は紀氏が守護者となり今では紀伊国一宮として崇敬されてるし、月読は今でもみんな大好きな神様。
そうね。本物のメリーは、どこか煮え切らない複雑な笑みを浮かべながら頷く。だが、この騒ぎの発端となった鏡餅のことを想起してみて、はたと気付いたように手を叩く。
鏡餅ってさ。剣を示す串柿や太陽の象徴たる鏡を頭上から抑えつけているのは、橙、勾玉つまり月だわ。そして鏡餅、もとい、勾玉に頭上を抑えられた八咫鏡は、毎年割れる。人がこぞって割るの。結界を。本当の太陽は、人に望まれて、毎年復活するのよ。
この国を未だに、本当に、支配しているのは、彼等〝日前・國懸神〟や〝嘗て至高神だった月読〟への畏怖かも知れないわね。随分都合よく収まったものね
これって彼等がうまくやり直したからかな
だといいわね
いっこちょうだい。そう言ってメリーが口を開けている。今蓮子が手に持っているふさをよこせという意図だ。蓮子はみかんを自分の口に放り込む。
そしてみかんを口に含んだそのまま、ふっくらとふくらみ、みずみずしくはりつめたメリーのくちびるにかぶりつく。こっちもとびきり新鮮なみかんのふさみたい。すこし、つめたい。本物のみかんのふさを、口移した。
んっ……もうっ
にへへ、ことしもよろしくね
よろしく
今年も一年、いい年でありますように。